私の母は双極性障害と言う精神障害です
母の2度目の入院までのことはこちらをご覧ください
母の2度の入院の後から現在までのこと、私がラクに生きれるようになったワケをお話していこうと思っています。
私が入院?!
母が退院してから数年後、母の様子がまたおかしい。
なにもできないと落ち込むことは何度もありましたが、少し様子が違う。
大切な提出しなくてはいけない資料に
できません!
と大きく書いて落ち込む母。
とにかくなにも考えられないと言う母に
一緒にやるから大丈夫だよ
私のことをママと思っているのか、甘えてくるようになりました。
子供って、
ママきいてー!
と、よく話してくれますよね。
我が子もママ聞いてー!と保育園であったことを話していた時
ばぁばのママ取らないで!ママはばぁばのママだから!
と子供に向かって母が言いました。
泣く我が子と母。我が子をなだめ旦那に託し、母の話を聞いてあげました。
泣きたいのは私のほうだよ!!
と何度も思いましたが必死に堪え、母に付き合っていました。
その夜、私は泣きながら母の書いたできません!と書かれた字を消しゴムで消しました。
ある週末の朝、腹痛で起き上がることができませんでした。
用事があったので、なんとかしなきゃと思いましたが痛くてうずくまることしかできませんでした。
病院へ連れていってもらうと、
入院ですね
私は入院することになりました。
元々持病があったとは言え、もう10年以上なんともなかったのになんで…
先生からはストレスも大きな原因だよ
と言われました。
思い当たることしかない。
入院中、久しぶりに家のことから解放された私。
子供や旦那のことが心配で、何度も電話をしていましたが、旦那が急に頼もしくなり安心したのを覚えています。
母のことから解放され、病院では手厚く看病してくれ、自分1人の空間。
いろんなことを考えました。
これまでのこと、家族のこと、自分のこと。
1週間の入院で私はしっかり身体を休ませてもらうことができました。
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親族との関係
私は親戚も多く、母のことで助けてくれることもありとても感謝しています。
超が付くほどの亭主関白な昭和の頑固父。
母のことは俺がすべてやっている!と自負していました。
なので、周囲の意見をうっとうしく感じるようになっていました。
嫌でも娘。そんな父の感情はすぐに察することができました。
確かに入院中のお金のこと、普段の母のことは父がやっていました。
私は結婚をし、実家から出ている身なので父のやりたいようにやらせてあげようと思い、母のことに口を出すことはありませんでした。
母が鬱状態になり、ほとんど動くこともできず目を開けるのもやっと。
そんな時はさすがに心配しましたが、ヨーグルトやミルメーク(牛乳にいれて味を変えるやつです)を置いて
食べれそうだったらあげて。なんかあったらいつでも呼んで
そう言って父と祖父用に夕飯を作っては持っていく日々を過ごしていました。
お母さん大丈夫?
あんたしか言える人はいないんだからね
お父さんに任せてたらお母さんかわいそうだよ
娘はあんたしかいないんだから
お母さんのためを思ったら入院させなきゃだめだよ
母の様子を見に行った親族が私に連絡をしてきました。
父にも言っていたようですが怒って煙たがられ、私に連絡をしてきたようです。
わかってる、そんなことはわかってるけど私がお母さんの面倒をずっと見れるわけでもない。
父は父なりに不器用ながらも必死にやっていたのも見ていました。
親族から、たまに見た母の姿で次々にいろんなことを言われて追い込まれる父。
どんどん父と親族の関係は悪くなり、父は拒絶するようになりました。
父は人からの意見を受け入れるのがすごく苦手でした。
父自身もどうしたらいいかわからない不安の中で必死にやっていることを否定されたことが追い打ちをかけました。
私だけでも父の味方になってあげたい。そう思う気持ちと、
このままにしておいて本当に母は大丈夫かな、と言う気持ちで葛藤していました。
毎日のように親族からの連絡と実家へ顔を出した時の父からの愚痴。
私は間に挟まれてどうしていいのかわからなくなりました。
ある日、少し起き上がることが出来るようになった母とリビングで話をしていました。
こんにちわー。誰かいるー?
遠い親戚がお歳暮を持ってきました。母は逃げるように隠れ会いたくないと部屋へ行ってしまい私が出ていきました。
ひさしぶりだねー。誰かいる?
キョロキョロと中をうかがう様子。
お母さん、変な病気になっちゃったみたいだけどあんたも大変だね。
何十年ぶりかに会う親戚。どこで誰に聞いたのかは知りません。
本当にお歳暮を持ってきただけなのか、母の姿を見に来たのか、私にはわかりません。
大丈夫です。ありがとうございました。
私は、母が聞こえるところにいなくて本当によかったと思いました。
母が病気になってから本当にいろんなことがありました。そしてたくさんの人に助けてもらいました。
父のように1人で抱え込んでしまう方も多いのではないでしょうか。
私は近い友達や旦那さんには母の話をし、愚痴を聞いてもらったりしてストレスを溜めないようにしていましたが、父は相談することもできず辛かったと思います。
この経験から、私はなるべく信頼できる人にはなんでも相談し自分の中で溜め込まないようになりました。1人で悩んでいると本当に辛くなってしまいます。
人の話をまずは聞く。
否定や意見を言わずに受け止めるようになったのもこの頃からです。話を聞いて受け止めてもらえるだけでラクになることを私自身が経験し救われたからです。
人の話をまずは聞き、受け止めてあげよう!
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入院したくない母
ご飯も食べず、ほぼ布団で過ごす母。
今度一緒に私も病院に行ってもいい?
父にそう言い、私も一緒に診察を受けることになりました。
もしかしたら母は父が怖くて言えないこともあるかもしれない。
私が一緒に行って、母が入院したければ私から先生に伝えよう。
入院したくないです
震えながら小さな声で先生に話す母。
でもこのままだと困るでしょ?ご飯も食べてないみたいだし。先生が言います。
入院したくないです
母はそれしか言いませんでした。
先生に薬を変えて様子を見ようと言ってもらい、家に帰りました。
母はなにも出来ずご飯も食べれないけど、入院だけはしたくない。それが母の必死に絞り出した本音でした。
母のためと言ってくれた親族の言葉。ですが母自身は入院することがとにかく嫌でどんな状況であっても家にいたかったようです。
私は昔から〇〇のためにと言われるのが苦痛でした。
あなたのためにやってあげたのに
あなたを思ってるのになんで
〇〇してもらったんだからお礼しなよ
しようと思っていたのに先に言われると言いたくなくなりませんか。
小さい頃からそう言われ、私のためにとやってくれたことに私が気づかなかったり出来なかったりして落ち込む母の姿を見るのが本当に辛かった。
相手のためでなく自分のため
私はこの経験から、〇〇のためにと言うのは、結局自分の為で相手の為ではないのではないか。と思うようになりました。
お母さんのために
お父さんのために
私自身もそう思っていました。
でもそれって、結局相手にとっては迷惑なことだったり、そもそも気づかなかったりすることあると思うんです。
そんな時に、
せっかくやってあげたのに
こんなにやってあげているのに
そうやって相手に感謝してもらうことが当たり前と思ってしまうことありませんか?
これまで自分が嫌だと思っていたことを、私自身も気づかずやってしまっていました。
旦那のために
子供のために
そうやって感謝されなかったり、気づかなかったことに対して、
こんなにやってあげてるのに!と腹を立てることもありました。
じゃあどうしたらいいの?
自分がやりたいからやっている!
そう思うようにしました。
旦那のお弁当を作ってあげてると思っていました。
作らなかったら私は主婦として、自分自身がそれで平気なのか?
考えました。
本当はめんどくさいと思うこともあるけど、作らないのは私自身がなんか嫌な気持ちになりそう。
旦那のためではなく、自分がやらないほうが嫌な気持ちになり、やりたくてやってるんだと思えるようになりました。
今日はやりたくないけど頑張って作った!
そんな日は、素直に旦那に話すようにしました。
やってあげてる。と思わず、やりたくなかったことも正直に話すことで
えらいじゃん!
と言ってもらい、なんか機嫌が悪いとか、お互いが勝手に思うことも減ってきました。
子供の送迎もやってあげてると思ってました。
忙しい時間に迎えに行くのは面倒だなー。だけどいつ帰ってくるかわからないほうが不安で心配なんだよなー。よし、行こ!
子供の為ではありません。私は自分の意志で自分のために子供のお迎えに行きました。
そうやって、日々の生活を見直し、自分がやりたくてやっていること!と思ってやるようにしました。
そうすると、今までは当たり前!と思っていた
ありがとう
この言葉が、嬉しく感じれるようになりました。
気づいてくれたんだ!素直にそう思えるようになりました。
もちろん相手が気づかないかったり、相手からしたら迷惑な場合もあります。
そんな時は、
自分がやりたかったから、勝手にやったこと
どんな結果だとしても私がした行動なので自分の責任です。
ごめん!私がやりたくて勝手にやっちゃった!!
素直に謝ることもできます。
相手が思うことと自分が思うこと。それが同じとは限りません。
むしろ違うことのが多いと思います。
気づいてくれたり、喜んでくれたらむしろラッキー!それくらいの気持ちでいいと思います。
そう思うようになって私はすごく自分がラクになれました。
今の私がストレスフリーで生活できるようになったきっかけとなりました。
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思考を変えた私の変化
とにかく自分を大切にして、自分に素直に生きようと思った私。
誰のためでもない、私のための人生。
これまでの経験からの気づきもありますが、1番は旦那です。
私の言うことやること、なんでも受け止めてくれる人。
それがいいとか悪いとかではなく、否定せずに受け止めてくれました。
ずっと否定されて育ち、私自身も自分を否定して生きてきました。
自分と違う人を受け入れることができず、頑張っていれば報われる。と後ろ指を指されるようなこともせず、まっすぐ生きてきました。
でもすごく生きづらかった。
弱音を吐くことは悪いこと
相手のことを思ってやっている
さぼることなんて考えられない
これが正義だと本気で思っていました。
旦那と出会い、若い時はぶつかることもたくさんありましたが、30歳になる頃。
自分の生きづらさと、あんなに嫌だった両親のような親に自分が今なっているかも、という不安。
そんな私を旦那はすべて受け止めてくれました。
仕事はすぐサボる
嫌なことから逃げる
働くのは嫌い
頑張るなんて無理
そんな旦那さんに私は救われました。
誰のために、なんのために今までやってきたんだろうと思いました。
私のやってきたことは全部無駄だったんだ。
そんな風に投げやりになっている私に
〇〇は〇〇じゃん!
俺はそんな〇〇を尊敬してるよ!
心から安心できる場所が出来ました。
ずっと生きづらかった私が、旦那さんに肯定されることで少しずつ自分に自信を持てるようになりました。
破天荒だった昔の旦那さん。
まさかこんな風になれるとは思っていませんでした。笑
世界で一番の仲良し夫婦
本気でそう思っています。
私が旦那にしてもらったように、私も
人を否定せず、まずは受け止める
これを意識して実践するようにしました。
今では自然と人を否定することもなくなり、受け止めることができるようになりました。
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まとめ
母の病気から早15年以上経ちました。
若かった私も今ではアラフォー!本当に時が経つ速さに毎年驚かされています。
母は年のせいなのか病気のせいなのかはわかりませんが、躁状態になることはほとんどなくなり、ゆったりとした動きながらもなんとか父と生活をしています。
私は思考を変えるようになってから、
母や父のためと思わず、
私が行かないとなんか嫌だからと、週に1回顔を出してはたわいもない話をしています。
母は髪の毛は白髪だらけの老婆のようになっており、
美容院行けないなら私が染めるよー
そんな言葉も、父によって打ち砕かれます。
そんな余計なことしてくれるな
父は相変わらずです。笑
相手が変わらなくても、自分の気持ちが変わっただけで受け取り方も変わります。
笑って過ごせるようになりました。
自分がラクになりました。
これからもまだ数十年、両親と私は親子が続きます。
あんなに憎かった両親のことも受け止めれるようになりました。
そして感謝も出来るようになりました。
いまだに『えっ?』と思うことを言われることもあります。
腹が立つこともたまにはあります。
そんな時は、旦那に
聞いてー!今日こんなこと言われたんだけど!笑
と、笑い話にして貯め込まないようにしています。
母とのこれまでを振り返り、間違っていたこともたくさんあったと思います。
でも私は旦那と子供との家族の生活を1番に守りたい。
だから母のことを構えない時もあります。
でも忙しいからでも嫌だからでもなく、その時の私がそうしたいから。
人にどう思われようと私は自分の行動に責任を持ち、人のせいにせずにこれからも母との関係を続けていきます。
母を連れて紅葉へ行った去年の秋。
80歳をすぎたシニア団体にはどんどん抜かされてゆっくりゆっくり歩く母。
小さな段差では、何度も何度も転びそうになり、なかなか上がれない母。
手をつないで引っ張って歩いたら、
「娘とこんな風に歩けて嬉しいね」
と言う母に向かって
「もうちょっと足腰鍛えなさい!」
万年反抗期の娘。
母は疲れただけで嫌だったかもしれない。
でも私は母と一緒に来れてよかった。
親孝行なんて全然できてないし、まだまだ両親の前ではバカでアホな娘と思われているほうがラクだからそっけない態度ばかりだけど、私は今産まれてよかったと思うことができました。
傍からみたら普通のアラフォー主婦。
今こんな風に、
能天気でズボラな私
になれたのはこれまでの経験があってこそだと思います。
出会ったすべての人に感謝し、これからはもっともっと楽しんで生きていきたいと思っています!
これからは、困っている人はもちろん、そうでないどんな人にもいつでも手を差し伸べられるように勉強して知識を増やし、
『令和のヘレンケラー』
になれるよう頑張っていきたいと思います!
旦那に最近言われて嬉しかったので調子に乗りました。
ご覧頂きありがとうございました。
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